CARAT.

灯火 -240808

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Instagram photo by COUPS • May 28, 2024 at 6:15 AM

チェスンチョルさん、お誕生日おめでとうございます。あなたのすべてが、心から嬉しいです。あなたにとっての今日が喜びと愛に満ちていますように、これから訪れる日々を心身ともに健康で過ごせますようにと、ひそやかに祈って。

はじめに

「なんて人なんだ」と天地がひっくり返るような宇宙がかき混ぜられるような衝撃にグラグラして。まるで前後不覚であるかのように、でも見据える先はまっすぐ揺らぐことがなく。ただ、ただどうしようもなくこの人のことが大切なんだと思い知った、そんな一年だった。

言葉にしようとすれば苦楽の全てが涙になって溢れていってしまいそうで。何一つもかたちにできないまま、夏が去り 秋が流れ 冬は留まり 春が降り、そしてまた8月がやって来た。

昨年の8月8日に綴った文章を読み返したら「スンチョルのことが好きだ、ということはわかるけど詳しく言語化しようとするとどんな言葉もしっくり来ない。私は私の気持ちがさっぱりわからない」というようなことが書き連ねてあった。あの時は、ずっとこのままかもしれないとすら思っていた。

でもこの一年で、自分の中にある「大切」の感情にいちばんしっくり来る言葉と出会った。だから、今日この場所に書き残しておきたい。

 

○あなたがあなたを私が私を生きていくということ

「僕たちを愛するように 自分自身のことも愛し、大切にしてください」「僕よりも幸せでいてね」

スンチョルが、これまで何度も手渡してくれた言葉たち。それはコンサート終盤のメントであったり、Weverseの投稿であったり、配信のなかの一言であったり。表現や言い回しが異なっていたりはするけれども、スンチョルはいつもこういう祈りのようなものを私たちにくれる。

初めて受け取ったのはいつのことだったか、正直よく覚えていない。出会ったばかりで13人の顔と名前が一致して全曲と曲名が一致したくらいの頃だったような気がする。                    

その当時の私にとって「自分を愛する」「自分を大切にする」というのは、夢物語のようなもので、今ここで空を飛んでみてと言われているくらい非現実的な話だった。だから、とても有り難いと思う以上に、申し訳なかった。自分にはできないと、心の底からそう思っていたから。

でも、SEVENTEENとスンチョルと出会ってからのこの数年で私は大きく変わった。暮らしや環境、ともに過ごす人、そして何より私自身がとてもよい方に変化した。

「愛している」という心地(これが愛じゃないならなんだってんだ)を生まれて初めて実感した。それから、自分のことを前よりちょっぴり大切にできるようになった。

一つ一つは笑われることもあるようなちいさなことだけれど、毎日できることが少しずつ増えていった。私は私を生きていくことが、楽しくなった。人生はいつもままならなくて、苦しくて、時に何もかもが辛くて。でも、だからこそ楽しい。楽しいなんて、そんな風に思えるようになった今を、私は抱きしめている。

スンチョルがあの場所で今日を生きていくように、私もここで私を、生きていく。完璧じゃなくて、精一杯。

 

○「愛してるから頑張るね」

昨年秋のWeverseライブでこの言葉を受け取ったとき、あんまり有難くて一日中泣き出しそうだった。

立場も背負っているものも全然違う。烏滸がましいのは重々承知だけれど、私たちは「頑張る」の理由を「愛してるから」にしてもいいんだと思えて、ずっとぐるぐるしていたものがふいにほどけて、代わりにお守りのようなぬくもりを手にさせてもらえた。どうしたらいいのかわからなくて、ただ涙が溢れた。確証はどこにもないけれど、きっと、きっと「愛してるから」は縛りではなくてきっと祈りだと思うから。

 

○너는 늘 나의 용기야. 

四月。난 (Me) を聴いてたくさん泣いたよと話すファンに「僕は大丈夫だよって伝えたかったんだよ」と返したと知ったとき、本当にどうしようもなく涙が溢れた。

私は、あなたみたいな勇気のかたちになりたいと思った。あなたみたいな向き合い方をしたい、自分自身と。あなたみたいにもっと地に足をつけたやさしさで、身勝手でないやさしさで生きていたい。そう思った。

スンチョルはたくさんのかたちの「強さ」を持っているけど、"弱さ"をよくないものとして否定して自責の念に駆られるのではなくて、自分が自分であることをみとめて、他でもない自分自身の心でゆるす。全部抱き締めて顔上げて歩いていく。そういう強さがあるから。

私は、まだ自分の弱さを許せなくなるけれど。情けなくて泣きたくなる日もたくさんあるけれど。そんな「自分の弱さを抱きしめてやれない弱い私」のことを、きっといつか笑って抱きしめてやれるようになりたいと思うから。そういう強さでありたいと思うから。だから、私は私の人生を、がんばってみるね。きっともう、大丈夫だから。

でも、あのねスンチョル。私あなたが強いから好きなんじゃないよ。かわいいから好きなんじゃないよ。かっこいいから好きなんじゃないよ。スンチョルが弱くてかっこ悪くて情けないと、絶対にそんなことはないけれど、もしもあなたが自分のことをそんな風に思っても、大切なんだよ。

2024年の私は、スンチョルを「どういう風に好きか」の返事を見つけた。

あなたは、私にとっての「勇気」だよ。いつも、どこにいても、どんなときも、ずっと。

今日を明日を私が生きていくとき、きっとあなたを思い出す。お守りを手にするように、心にやさしく火が灯るように。

 

"愛してる"の響きだけで
強くなれる気がしたよ
ささやかな喜びを
つぶれるほど抱きしめて

チェリー

チェリー

この歌がスンチョルの愛称と一緒の名前なの、本当に勝手に嬉しいよ。ずっと。

目次 -止め処なく

文章にしたいことがたくさんあるのになにも纏まらない、でも一度かたちにしたい。容量不足になる前に手元に取り出したい。だったら一度目次にしてしまえばいいのでは。散らばる思いはツイートの下書きのように並べてしまえばいいのでは。

頭の中に溢れてばかりで纏まらなかったり、かたちになったのにまだ捏ねたり丸めたりして、手に取り出すことをしてこなかった言葉たち。時系列もばらばら。

いつかもう少し丁寧にかたどられるかもしれないもの、あるいはこの場限りかもしれないものを吐き出してみました。 

 

〇スンチョル

・何百回も繰り返し夢に見るくらい想像した戻ってくる日のこと、全部現実になるんだと思って 車内に響くDREAMの歌詞に涙が溢れた。どうか花が開くみたいな笑顔がありますように。きっと、どうか。

・決意と思いの色だと伝わるからもう、泣きたくなるくらい痺れた。いないってわかってるのに探してしまって行き場のない気持ちにどうしようもなくなる時間は今はなくて、どこにいてもすぐに「いるんだ」とわかる髪色が本当に嬉しかった。

・目が離せない そこだけがより一層ひかっているようで 熱というにはやさしすぎる温度を帯びているようで 

・私の横を通り過ぎていくように 置いていかれるように春が来て。あたたかくなってタイツからストッキングに変わるからもう爪が隠れないから足元のおまもりの赤は今晩さよならをすることにした。

・このまま色落ちを迎えたら春に桜色になるのねと思って素敵で 素敵で

・毎日、本当に毎日 난 (Me) を聴いている。

そっと優しく声をかけるようなでも芯があって強くて柔らかい背中を押すような「きみのため」の音もスンチョルは持っているだろうけど、2023年というこの一年を経てあなたが私たちに知っていてと握らせてくれたのはこの音楽だった 勇気と決意と覚悟と、前を見据えて歩いていくことの音楽

https://x.com/sukui_13/status/1741137475417051404?s=46&t=36Pwavq_rbvsFZelpT-nNA

・最後に「죽고 싶었던」と歌われたこと、そのことを'スンチョルが'歌詞にしたということには驚いたけどそのものにはあまりショックを受けなくて。そう感じた自分にびっくりしてどうしてだろうとずっと考えていたんだけど、あそこの重心は「죽고 싶었던 」というそのものではなく、そうであった「自分を受け入れることができた」にあるからだと、私がそう思ったからだと気づいた。

・きっと私たちが思うよりずっと真っ暗闇の瞬間がたくさんあった2023年の、その最後の日に出したソロ曲で自己と向き合ったことを思いを「知っていて」と届けてくれたことも、復帰最初のコンサートで髪を真っ赤に染めてきたことの思いも、ソノゴンが始まる直前に目を瞑って落ち着かせるように呼吸をする表情も、全部 全部

・アーもう わかった お願いだからぎゅうぎゅうに抱き締められて 12人からぎゅうぎゅうに抱き締められてどうしようもないくらいほにゃほにゃの顔で笑って お願いだ

・ソロ曲を聴いて泣いたというファンに「僕は大丈夫だよって伝えたかったんだよ」と返したと知って、そうだよね やっぱりそうだよねと思って涙が溢れた ありがとう あなたのことを本当に

・スンチョル、私はまだ自分の弱さを許せなくなるけれど情けなくて泣きたくなる日もたくさんあるけれど、そんな'自分の弱さを抱きしめてやれない弱い私'を、きっといつか笑って抱きしめてやれるようになりたいと思うよ

・私本当にあなたみたいな勇気のかたちになりたい あなたみたいな向き合い方をしたい自分とも あなたみたいにもっと地に足をつけたやさしさで身勝手でないやさしさで生きていたい

 

〇日々。人生。

・ 知らぬ間に、ちいさな若草色が広がっていた。春の色がじんわりと広がっていることに気づかないくらい忙しなく全てが駆けてゆく。

・ 絶望というのは降ってくるのではなく湧き出てくるものだ。でもよろこびも、しあわせもそうなのだと、知った。

・ときめきを忘れないでいたい。暮れゆく空とか、顔を上げたら白い花と目が合ったこととか、ぴかぴかのケーキとか、吸い込んだら葉の香りがしたとか、ご飯が美味しいとか。

・2024年の目標「自他境界を見直す」かもしれない。目標というか一大テーマ。

これまで傷つけたり傷ついたりしてきたことの要因って突き詰めると全部ここに辿り着くのでは…と気づきました、アタクシ。わかりゃ話ははやい。やりますわよ。

・自他境界って私としては線引きというより、緩みの塩梅みたいな感覚が近い。自他境界曖昧な人・はっきりしている人、そのどちらがよいわるいという話でもなくて、結局「塩梅」の話だと思ってる。だから、他人を踏み躙らず、かつ自分が受け入れすぎず入り込みすぎず、みたいなちょうどよいポジションを模索中。せっかく生きてるし、やるだけやってみる。

・だって私は、私らしさと短所を履き違えたくない。これも私だから、と免罪符にして故意に誰かを傷つけることを許容したくない。ま〜 行き過ぎた自責はもうしないけど!私がよいとこやと思え始めてるところは潰す必要ないからねー 見てるか、私 お前に言ってる。

・生きてて誰も傷つけないなんて不可能ですから でも「あえて」を減らすことは可能。

 

SEVENTEEN

・13人が揃った日の翌日、会社を出発して車を走らせているとき、朝が、白くひかっていた。ひかりで、満ちていた。

SEVENTEENと出会ってからのこと、こびりついた泥を、あたたかなお湯でゆっくりやさしく落としてもらった感覚だった。そうしてもらったときの感覚、いつか忘れちゃうんじゃないかと思って。残しておきたかった。

SEVENTEENって何色にでもなれるね。それで全てがSEVENTEENの色をしている。初めましてなのに、出会ったことがないのに、新鮮なのに、でもとても君たちだと思う。いつも。

 

末に(蛇足)

もしかしてこういうのをちょこっとずつ吐き出すためにTwitter(Xはたぶん50年くらい落ち着かないのでTwitterって呼ばせてね)ってあるんじゃない?と気づいちゃったけど、私はここがよかったのー!と私におこられたので黙ります。

たくさん話したいことがあるよいつも。あーーー!今日もSEVENTEENのこと大好きでした。スンチョルのこと大好きでした。明日も大好きです。イエーイ!生きのびるからね

 

'나보다 행복하게 보냉'

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チェスンチョルさん、お誕生日おめでとうございます!!!!!!!!(フルネーム呼びだけどさん付けてるし拗ねないでね!!!)どうか心身ともに健康でいてください。これまで一度もこういう改まった形でスンチョルへの感情を残したことがないから、ずっと道に迷ったときの顔をしております。これは手紙ではありません。ただの公開ぐちゃぐちゃ感情記録帳です。

だから、何も届かなくていいから、どうか。どうか今日も明日もあなたがすこやかでありますように。

注意    
以下、全て一オタクの戯言です。

「私はスンチョルのことが好きだ」ということを改めて言語化しようとしたら、頭を抱えるばかりで全然上手くできなかった。
どんな言葉を選んでも、違うような気がする。どれもしっくり来なくて、私の気持ちじゃない気がする。というか、私の気持ちがまずわからない。正直こんなこと初めてで、空腹でもないのに日曜昼にビッグマックUberするくらいには動揺していた。(美味しかった)
スンチョルペンで、スンチョルのことが好きで、間違いなくあなたなんだけれど。

あなたのことがとても好きだという自覚があるのに、どうしてこんなに好きになったのかが、たまにわからなくなって、「本当に私はスンチョルのことが好きなのか?」とかいう傍から見たらまーたやってるよの葛藤を始めたりするのだ。
なんというか、感情が薄いというわけでも軽いというわけでもないのだが、私はスンチョルのことを「ただ」好き、なのだ。
自分がどういう思考回路で「スンチョルのことが好きだ」と言っているのか、私自身もうよくわからない。それでも、こんな曖昧で整理のつかない状態でも「好き」だということだけはわかる。

 

あなたの言葉が好きだ。
大切な人たちには、躊躇うことなく、真っすぐに伝える、その言葉が好きだ。そこに在る深い愛が好きだ。

ステージのあなたが好きだ。
'ステージ'によってどんなあなたにだってなれる。無邪気なとびきりの笑顔も、物憂げな表情も、こちらを捕らえるような眼差しも、強気な笑みも、挑発的に眉をあげてみせる仕草も、大切な人に愛おしさを向ける表情も、全部あなたのものだ。エスクプスのもので、チェスンチョルのものだ。あなたは、芯はぶれずそのままに、でも、何にだってなれる。

あなたの笑顔が好きだ。
悲しさも苦しさも勿論他の誰でもないあなたのものだけど、でも、笑顔が見たい。あなたが笑うと、心に花が開いたように嬉しい。どうか幸せでいて、笑っていてと願わずにはいられない。もしかしてこれって、愛じゃないのか。善い悪いなんて知らんが、これはきっと、愛なんだろうと思う。

あなたの愛が好きだ。深くて大きくてやさしくて強くてどうしようもなく真っすぐで、そっと自然に渡される。そんなあなたの愛が好きだ。それは'優しさ'とも呼ばれるもので、そのどちらも扱うことはとても難しい。それを、あなたは躊躇いなく、でも押しつけずに、それなのにまっすぐ相手に届けてしまうから。私はそれがとても、泣きたくなるくらい大切だ。

あなたがステージで楽しそうに笑うことがとても増えたことが、私はどうしようもないくらい嬉しい。表情管理だけとは思えないあの零れるような花が開くような笑顔が、私は嬉しくて嬉しくて仕方がない。願わくば、アイドルとしてSEVENTEENとしてステージに立つことを、次のコンサートでも「楽しい」と感じられる瞬間がありますように。きっと。どうか。

私、きっとあなたの言葉でたくさん救われてる。そのことはきっと永遠にスンチョルに届くことはなくて。それでよくて。でも、ここにスンチョルにたくさんありがとうって大好きだって伝えたい人間がいるってこと、はてブロにくらい残したっていいよな。いいです。いいよー!
私はこの前のファンミーティングで、初めてスンチョルのことを「私の星」だと思った。あかるくてでも柔らかく、星というよりは灯りのようで、でもきらめきを散りばめていて、たしかに"私にとっての"「星」だった。
その時に、ああ 私はこの人なんだ。「私のアイドル」はこの人なのだと、そう思い知った。
あなたのことが大切で、大好き。それだけで、十分だ。

私の過ごした8月8日は、通り雨がたくさんあってザーザー降ったと思ったら笑ってしまうくらいの青空を連れてきてくれて、そのたびなんだか嬉しい気持ちになっていたよ。雨が残していった匂いも、少し緩んだ夏の風も、桃の香りも、今日のすべてが愛おしくて抱き締めてたら一日があっという間に過ぎちゃった。スンチョルは今日も練習をしているんだろうな、私はたぶん本人の二億倍くらいはしゃいでお祝いしてる。スマン。

あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜「私よりもう少しだけ」なんて言わずに、銀河一幸せになってほしいな。スンチョル、聞いてるか。聞いてないね。聞くな。

私は私で適当に元気でやるからスンチョルもスンチョルで元気で幸せでいてね。どうか。ね。

今日があなたにとって素敵なお誕生日でありますように。今日が終わっても、あなたの日々が、苦しくて辛いこともたくさんあるだろうけど、それでも、ささやかにでも幸せなものでありますように。

いつもありがとう。

大好き。

 

 

 

 

無題

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小さい頃から幸せという言葉が苦手だった。愛という言葉が苦手だった。誕生日は辛くて苦しくて祝う言葉を受け取るのもままらならなかった。「苦しいのは自分だけじゃないし世の中にはもっと苦しい人が山ほどいるから苦しんではいけない」と、幼い頃に貰った枷を外せずに自分を責めて、こうなった原因を憎むのをやめたくてまた自分を責めて、どうなるのかわからない未来に怯えていた。人を傷つけたくなくて、でもきっとそれは一番自分が傷つきたくないからなのだとわかっていた。 他人の前ではへらへら取り繕って、何もわからないフリをして馬鹿にされることで安心して、本当に自分のことが気持ち悪かった。

それでも、人生のなかでぽつ、ぽつと出会った光に少しずつ救われて、ぐちゃぐちゃのボロ雑巾になりながら嵐の夜のなかを歯を食いしばって進むように、どうにか生きることをやめないでいた。

真っ暗闇のなかでふいに出会った光は、鮮烈で、それでいて、どうしようもなく優しかった。

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SEVENTEEN (세븐틴) 'Rock with you' Official Teaser 1 - YouTube

平たく言えば「一難去ってまた一難ぶっちゃけありえない」なこんな日々で、優しい人が馬鹿を見るようなこんな世界で、苦しいことのほうが多いこの人生で、生きなければいけないという義務感が「生きていたい」という思いに変わった。

SEVENTEENがいる世界を、生きていたいと思った。

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 -別垢ツイートより。わかる。ちなみに今は初めから終わりまで全てが涙腺ぶっ刺しポイントになっている。私の「ディノくん」呼びに衝撃を受けた。ディノくんか…(ディノくん…)

オタクは、というか人は、勝手に救われる生き物だと思う。いいように受け取り、いいように解釈して、勝手に救われる。それでも、私にとってSEVENTEENはどうしようもないくらい救いだった。

こんなに辛くない光があるんだと心底驚いた。

それはきっと、彼らが生きていくことの生々しさ、痛みや苦しみや傷や葛藤を、否定しないからだと思う。「臭いものには蓋」をしないからだと、今日までSEVENTEENを見てきて、そう思った。目隠しをするように、辛いことは全てなかったことにして、この傷も嘘だったことにして、そうして幻だけを見せる"優しさ"も、誰かにとっての救いになり得るのだろう。でも、彼らはそうじゃなかったし、だからこそ私は救われた。どうして救われたのか、なんて言語化するのは野暮なことかもしれないけど、敢えて言葉にするならきっとこういうことなんだと思う。

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 -別垢ツイートより。載せるか一時間ほど迷うくらいにはツッコミたいところがある爆ポエムツイートけど、でもね、そうだよね。少なくともこの時の私はそうだったよね。というかこれ打ちながら蹲って泣いてたよね、よかったね私…。

今だって、世の中には憤りを通り越してやるせなさで沈み込むような出来事が溢れかえっているし、日々が漠然と不安だったり、迷子みたいにどうしたらいいのかわからなくて泣き出したくなったり、 変えようのない過去に苦しめられたり、全部やめたくなってしまったり、そんな時があるけど。この人生でSEVENTEENに出会えてよかった。

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                                                          -別垢ツイートより

「この先の人生は "SEVENTEENがいる人生" です」という先人CARATに貰ったお守りの言葉を思い出しては、たまに抱き締める。

今の私は、愛って言葉が大切になったし、誕生日は人並みに嬉しいものになったし、生きててよかったと心から思う瞬間ができたし、幸せになりたいという感覚が生まれたし、苦しいことは苦しいヨーン!って言うようになったよ。わがままになっただけな気もするけど、それでもね、前より笑えるようになったよ。ありがとう、SEVENTEEN

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                                                                   -別垢ツイートより

人は変わりゆくものだけれど、私は最期「あ〜!SEVENTEENに出会えてよかった〜!幸せだったよ!」って笑って幕を閉じたいな。

君たちに寄りかからずに自分の足で立って生きることができたらもっといいのかもしれないけれど、それはまだもう少し時間がかかりそうだから、今はまだ。

今日も愛しています。

13人のいとしさたちよ今日もどうか健康で。